扉を開けると感じるのは、匂い。柿渋が塗られた使い捨ての割り箸が、壁面と窓面を覆っています。その数は一万膳。『多膳の間』と名付けられた旅館の一室は宿泊も可能になっています。アサノコウタは、仮の住まいを設計すること、その行為を形にしました。
アサノコウタ|Cohta Asano
建築家。1983年福島県福島市生まれ。慶応大学SFC政策・メディア研究科修士課程卒業後、地元の福島市に戻り「建築以下のデザイン」をコンセプトに「BHIS」を設立。プロジェクトFUKUSHIMA!では、美術家中崎透と「福島大風呂敷」(2011)、「はた と 想う。」(2012)のディレクションを担当し、2013年にはアートディレクターとして「納涼!盆踊り」の舞台となる「複数の櫓」のデザインを担当する。
10000膳の割箸で構造体を製作し、旅館の壁面に積層しました。
「建築以下」というコンセプトで制作をされていると聞きましたが、経歴を教えて下さい。
住まいは,大学大学院時代に神奈川県に住み、その後は東京都に数ヶ月住みました。それ以外は、生まれも育ちも福島県福島市です。震災以前の福島県を知り、震災の前に地元に戻って活動していたことによって、現在の震災以後の社会における自身の立ち位置が明確化されていると感じます。ただし、そのような自身の境遇が免罪符のような、他者との共有の壁となるようなことは避けていきたいと思い、模索しています。
大学では建築学を専攻していました。現在も、空間を扱うことを意識していますし、逆に作品によって空間が閉ざされてしまうことがないようにも心掛けています。今回の製作においても、旅館の客室という機能を保持させることを前提として製作を行いました。
向瀧旅館の客室にて『多膳の間』という、使い捨ての割り箸で作品を作られましたが、なぜ使い捨ての割り箸を使おうと思ったのですか?
旅館の客室とは、宿泊者にとって、1日だけの“仮の居住”空間です。
しかしながら、その客室は年間を通して数百人の宿泊者が滞在していて、つまりは無数の“仮の居住”が蓄積されている空間であると捉えることができます。(仮設住宅などの)仮の生活、居住体験にも時間の蓄積が存在すること、それを実感することが震災以後3年間が経過した現在に求められていることなのではないかと思い、製作にあたりました。
10000膳の割箸で構造体を製作し、旅館の壁面に積層しました。
たった1日の、たった1回の食事にのみ用いられ,消費される(廃棄される)“割箸”に,時間の蓄積を与えるべく柿渋を塗装し、長期的な時間軸において,価値を見出せるようにしました。
そこで,
■旅館の“客室”という機能を保持させるように,おさめたことが,「建築」的なアプローチになっているはずです。(たぶん)
■割箸に塗装した柿渋は数日でも色濃くなりますが、数ヶ月後にはもっと色濃くなります。しかし、色濃くなるまえに芸術祭の会期が終了します。
■芸術祭がテンポラリー(一時的)なものであることへのアンチテーゼでもあり,福島市出身福島 市在住のアーティストとしての意思表示も含みます。
制作中に印象に残ったエピソードがあれば教えてください。
柿渋とは木材の保護と着色に古くから用いられ、時間の経過によって深みが増し風合がでてくる塗料です。経年変化を楽しむことができる魅力的な塗料 なのですが、その匂いが臭いのです… 1週間ほどで匂いは取れるものなのですが、客室の外にまで匂いが広がってしまい向瀧さんには大変ご迷惑をおかけいたしました。柿渋の臭い匂いも展示のひとつだと思っていたのですが、ご迷惑のないように配慮すべきだったと猛省しております…
日常に面白さを見出してもらえるととても嬉しいです
現在、興味のあるモノや人、事象があればその理由も含め教えて下さい。
きぼっこちゃん。可愛いことが理由です。
制作する上で常に気をつけていることがあれば、教えてください。
身の回りの「もの」に新しい価値を与えること。変化を生み出すようにしています。普段から眼にしている「もの」をモチーフにすることで、アートや 芸術、建築の敷居を下げようとしています。鑑賞者が日常に戻った後に、自分の周囲に 存在する「もの」を見て、その「もの」の価値や可能性を感じ取り、日常に面白さを見出してもらえるととても嬉しいです。
ご自身のアートの楽しみ方があれば、教えてください。
プロジェクトなどに巻き込まれ、当事者となること。作品との関り合いは、深く入り込めば入り込むほどにとても楽しむことができます。ですので、自分自身が製作をする際にも、多くの人が当事者となれるようなシステムを準備するようにしています。
ありがとうございました。Interviewer:yumisong