YUMORI ONSEN HOSTEL

温泉リトリートをテーマに掲げ、土湯の自然の中に天井まで届く大きな本棚と共にくつろぎの空間を作るYUMORI ONSEN HOSTEL。日帰り入浴者からインバウンド旅行者まで受け入れるバラエティのある施設構成が人気です。

開館情報

開館11:00〜16:00
(ご宿泊者さまはいつでもご覧いただけます)
休館5月12日および、毎週第一月曜・木曜
料金芸術祭チケットをご提示ください
住所福島県福島市土湯温泉町字堂ノ上7-1

田中英行 TANAKA Eikoh

《Six Canopies》

寺院の天蓋は、仏の頭上にかざされる荘厳具である。インドの王侯が用いた日傘に由来し、聖なる存在を守護する「天の蓋」として仏教に取り込まれた。龍が護法の象徴とし て刻まれ、瓔珞が垂れ、六角の形が宇宙の秩序を映す。天蓋の下に立つとき、人は日常とは異なる次元へと誘われる。本作は、その天蓋をモチーフとした6 つのライトインス タレーションである。仏教の五色、青(緑)・黄・赤・白・黒(紫)が緩やかに変化しながら空間を染め、6 つの光が呼吸するように光る。

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インスタレーションの中心には、土湯温泉の熊野神社のお神輿が置かれている。中世、吾妻山修験が盛んになるにつれ、土湯温泉は修験者たちの拠点となり、その里宮として熊野神社が勧請された。大穴貴命が鉾で大地を突いて霊泉を湧かせたという開湯伝説、そして秦河勝が聖徳太子の霊夢に導かれてこの湯に癒されたという物語̶̶その二つの伝承が積み重なるこの土地の信仰の核として、熊野神社は今もここに在る。天蓋の光の下に鎮座するお神輿は、山岳信仰と仏教と神道が混交したこの場所の歴史を、静かに体現している。

「6」という数字には、二つの歴史が重なっている。一つは、土湯温泉の六院。奈良時代、役小角が吾妻山を修験道の霊場として開いた頃、この地には六つの宿坊が設けられ、山に入峰する修験者たちはここで身を清めた。宿坊は、ケ(日常)からハレ(非日常)への通過点だった。もう一つは、六根清浄̶̶眼・耳・鼻・舌・身・意、六つの感覚器官を浄化するという修験道の根本思想である。山中で滝に打たれ、岩を踏む行は、日常の知覚を解体し、世界を新たに感受するための身体技法だった。

五色は如来の精神と智慧を色彩として可視化したものでもある。青は禅定、黄は金剛、赤は精進、白は清浄、黒は忍辱。同時に五大(地・水・火・風・空)に対応し、密教では五智如来が東西南北と中央に配される。色は装飾ではなく、宇宙の構造を空間に召喚する装置だ。この六根という思想は、田中の宿泊体験型作品「6ishiki※1」にも通底している。感覚を整えることが世界の見方そのものを変えうるという確信が、その作品の底流にある。

天蓋という形が日本に伝わった経路の一つに、渡来系氏族・秦氏がいる。大陸の技術と信仰を携えて列島に渡り、京都盆地の開拓に深く関わった秦氏は、仏教的造形と大陸の 祭祀の感覚を日本の風土に接ぎ木した。同じ「蓋」の形は中国の宮廷儀礼や春節の祝祭空間にも見られ、聖なる場所を覆い守護する装置として機能してきた。天蓋とは、文明 の交点に生まれた聖性の器である。本作の6 つの光は、そうした重層的な来歴を静かに帯びながら、空間に満ちる。

6 つの天蓋が五色に変化するとき、観る者は修験者が六院で身を清めたのと同じように、日常の知覚からわずかに距離を置く。その光と音は空間の質を変え、その場に立つ人 の時間をゆるやかに変容させる。

《Between Two Lands》

土湯温泉には、二つの起源が語られている。ひとつは、大穴貴命̶̶大国主命の別名̶̶が鉾で大地を突き、霊泉を湧かせたという出雲系の神話。もうひとつは、推古天皇の時代、聖徳太子の命で東国に遣わされた秦河勝が、夢枕に立った太子の導きでこの地の湯に癒されたという仏教伝来期の物語である。安達太良山と吾妻連峰に抱かれたこの温泉地は、奈良時代には修験道の霊場として開かれ、六つの宿坊が修験者たちの身を清める場となった。出雲の神話、渡来人の仏教、山岳修験̶̶異なる時代の信仰が、同じ土地に層をなして堆積している。

秦河勝は京都・太秦を拠点に聖徳太子の側近として活動した渡来系氏族・秦氏の族長的人物であり、広隆寺の建立者として知られる。一方、大国主命は、作家の地元・亀岡に おいて「元出雲」とも称される出雲大神宮に祀られている神である。土湯の二つの伝説の起点は、いずれも京都の西に位置するこの地域にある。 本作は、京都と福島の二つの土地でフィールドレコーディングした音をL とR それぞれのチャンネルに振り分けられたサウンドインスタレーションである。L からは広隆寺の 境内の空気が流れ、R からは土湯の太子堂の鐘の音、熊野神社を流れる水の音が届く。聴く者が空間の中で立つ位置を変えれば、京都が近づき福島が遠のき、あるいはその逆 が起きる。身体の移動そのものが、二つの土地の間の距離を伸縮させる。

二つの音はスピーカーの外ではなく、聴く者の身体の内側で交わる。異なる場所でありながら同じ歴史を共有する二つの土地の重なりが、知識としてではなく、知覚の出来事 として立ち現れる。千四百年のあいだ見えなかった接続が、音を通じて、いまここに開かれる。展示会場となったYUMORI のカフェスペースでは、田中が京都・亀岡で運営 する宿泊体験型アートプロジェクト「6ishiki※1」のオリジナルブレンドコーヒーを提供している。一杯のコーヒーもまた、二つの土地が出会う場所である。


 ※1: 6ishiki(ムイシキ)は、現代アーティスト・田中英行によるアートプロジェクトとして経営される宿である。その名は、仏教哲学の「六根清浄」̶̶眼・耳・鼻・舌・身・意、人間に 宿る六つの感覚の根を清め、整えること̶̶に由来する。日常の知覚に蓄積した慣れや曇りを落とし、世界を新たに感受する身体を取り戻すための場として、京都・亀岡の地に設けられた。 亀岡は、本作で触れた大国主命や秦氏の双方に縁のある土地であり、6ishiki はその歴史の重なりの上に立っている。土湯に伝わる六つの宿坊と六根清浄の「六」の符合が、この二つの土地 を結ぶもうひとつの糸である。

 ※2 : 福島市土湯温泉にあるホステル型の宿 YUMORI ONSEN HOSTEL(ユモリ オンセンホステル)」は、かつて「土湯温泉ホテル」として親しまれてきた宿をリノベーションし、2018 年末に生まれ変わった温泉宿です。 広いロビーにはカフェバーも併設され、昔ながらの温泉文化を大切にしながら、国籍や世代を超えたゲストとの交流が楽しめる、新しい温泉滞在のスタ イルを提供しています。美しい自然に囲まれたリバーサイドの立地と、ドミトリーを含め6 タイプの客室から客室を選べるこの宿は、手軽に温泉を楽しみたい方からリトリートを求める方 まで、多彩なニーズに応える宿として注目されています。

《YUMORI cafe × 6ishiki》

コーヒードリップバッグ Biodynamic Blend ¥240
6ishiki(ムイシキ)は、現代美術家 田中英行 が京都・亀岡で運営するアートプロジェクトとしての宿。仏教哲学の「六根清浄」に由来するその名の通り、日常の感覚を整え、 世界を新たに感受するための場として設けられた。YUMORI cafe では、6ishiki のオリジナルブレンドコーヒーを提供しています。インド・ケララ州のオーガニック・デメター 認証(バイオダイナミック農法)による個性的な豆をベースに、オーガニックコロンビア豆の浅煎りによる華やかな酸味と香りが調和した一杯。京都の宿で提供しているもの と同じブレンドを、ここ土湯で味わうことができます。一杯コーヒーもまた、二つの土地が出会う場となります。

田中英行× ばいそん Eikoh tanaka ×BISON

《Colors of Myth》

土湯温泉には二つの開湯伝説が伝わっている。大穴貴命(大国主命)が鉾で大地を突いて霊泉を湧かせたという出雲系の神話と、推古天皇の時代に渡来系氏族の秦河勝が聖徳太子の夢枕に導かれこの地の湯に癒されたという物語。「突き湯」が転じて「土湯」になったとされるこの地名自体が、鉾が大地を穿った始原の記憶を宿している。出雲の神がすでに治めていた土地に、大和の仏教体制が後から物語を重ねた。神話はしばしば勝者の歴史として編まれる。その背景には、安達太良山の火山帯に眠る鉱物資源の掌握や、在来の聖地を中央の体制に組み込む力学があったとも指摘されている。二つの伝説は互いを打ち消すことなく、同じ土地に異なる時間の層として千四百年のあいだ堆積し続けてきた。

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XR アーティストでEngineer でもあるばいそんと共に、AR(拡張現実)を用い、土湯の現在の風景の上に神話の世界を映し出す。現代的なデジタル技術と視覚効果によって、 この土地に眠る古い物語を蘇らせる。神が大地を穿ち、湯が湧き、五色の帯が空に広がり、聖徳太子の幻影が現れては揺らぎ、消えていく。現実と虚構が入り乱れ、その境界 は曖昧になる。しかし、この土地に幾層にも重ねられ語り継がれてきた言葉は、千四百年の厚みとともに確かなリアリティをこの場所に残してきた。

 土湯温泉は幾度もの大火によって多くの建造物や記録を失い、古い土地の記憶は薄れつつある。神話とは、実在しない物語を特定の土地に投影し、その場所の意味を書き換え る技術である。AR もまた、存在しないイメージを現実の上に重ねる技術である。アーティスト等はこの構造的な一致に着目している。本作は、失われかけた土地の記憶を AR によってもう一度色濃く刻み直し、拡散させる試みである。デジタルな幻影は、千四百年前の神話的な幻影と同じように、立ち現れ、揺らぎ、やがて消える。しかしその 痕跡は、見た者の記憶の中に新たな層として残り続ける。

 秦河勝が眠りにつく夜、聖徳太子が夢枕に現れ、この地の湯へと導いたとされる。その夢を、AR によって追体験することができる。温泉に浸かり、一日の終わりに静かに目 を閉じるとき、千四百年前の夜がここに重なる。 ※STYLYAR マーカーが印字された専用カードに記載のQR コードより、ご体験ください。芸術祭期間中もAR 開発は進められる計画 ですので、カードは保管し時々お楽しみください。またSTYLY のインストールが必要となります。

協力:株式会社STYLY